西田橋ものがたり⑦

2026年05月27日号(5面に掲載)
西田橋ものがたり⑦

五石橋と治水論争①/長谷場 良二 南日本技術コンサルタンツ

天保の大改修が行われた甲突川の右岸側には大正年代まで洪水に備えて、軒下に吊るされた小舟が見られたという。
 徐々に右岸側の宅地化が進むにつれ西田・原良地区の遊水地としての機能が消滅していくとともに、都市化による開発や路面舗装等保水機能の低下も進んでいった。
 こうした状況を踏まえ先述した昭和44年の洪水を契機として年超過確率100分の1の洪水流量にあたる毎秒1000tを基本高水流量とする甲突川治水計画が策定されることになる。
 地形や土地利用等の流域特性を勘案すると河川の嵩上げや大幅な拡幅は難しく、大規模なダムや遊水池の適地も無いことから、結果として治水安全度は河床の掘り下げによりできるだけ確保する必要があり、根入れが浅く径間も狭い五石橋は治水上のネックとされ新たな火種となった。
 56年から3カ年をかけて実施した水理模型実験の結果として、分水路による石橋の現地保存は問題が多いことなどが報告され、59年6月県議会において知事が「論議は出尽くしたこと、できるだけ早く悔いのない結論を出したい」旨の答弁をしたことから石橋論争が再燃することになる。
 文化人を中心とした「甲突川と五石橋を守る会」が発足したのもこの年の8月でありテレビ、新聞等のマスコミも特集を組んで石橋問題を報道している。 
 そして61年7月に市内を局地的豪雨が襲い、内水被害とともに各所でシラスの崖崩れを誘発して死者18名を出すという大災害となったが、当時の新聞社説に「今度の集中豪雨では甲突川が氾濫せず『豪雨時には洪水の危険がある』という五大石橋撤去論の根拠に疑問を抱かせる結果となった」とあるように、甲突川治水対策の必要性が一般にはあまり理解されていなかったことが伺える。
 同年、知事が石橋移設は理解が得られず当面できない旨の発言を行い石橋論争はやや収まることとなる。
 一般に土木施設には老朽化や災害等による物理的寿命の他に求められる需要の量や質の変化による社会的寿命があると謂われる。都市交通上も治水上もネックとされる五石橋は既に社会的寿命が来ていたとも言える。
 道路構造物としては、渋滞や迂回といった時間的な経済性が主な問題であり多少の不便を忍ぶことで延命はできる。しかし河川工作物としてはそれに起因する阻害による氾濫など、人命財産や民生安定といった生活基盤の根本に係る問題を含んでおり延命のためには代替機能を準備する必要があり容易ではない。

KCデジタル(鹿児島建設新聞 電子版)
全国どこからでも鹿児島の建設情報を閲覧できます。
2013年~本日までの全ての新聞を収録。

サンプルを見る
無料体験申し込み

Kiss Web会員になるとすべての内容を閲覧できます。
まずは1週間の無料体験にお申し込みください。
会員の方はよりログインしてご覧ください。

KissWebを知る
無料体験申し込み
Kiss Webとは?