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電気の街≠技術で支える

電気ドクターとしての使命感

(株)福重電工 代表取締役

福重 安治 氏

FUKUSHIGE YASUHARU

PROFILE

 川内市農協勤務を経て、家業の福重電気工事店を創業。平成11年から社長に就任。今年1月、節目の30周年を迎えた。川薩電気工事工業協同組合理事長。16年5月から県電気工事業協同組合理事。全日本電気工事業工業組合連合会長表彰、全国中央会長表彰など多数。趣味はゴルフ、マージャン。妻と子ども3人の5人家族。薩摩川内市出身の58歳。会社所在地は同市青山町4089−1。従業員数29人。

所在地

福重 安治 氏

 「とにかく負けん気が強かった。その一点に集中したことが今までやってこれた要因。冷静になって周囲を見渡したときに専門会社は確かな技術と営業力で生きていることを肌で感じ取った」と、創業のころを振り返る。企業30年説が言われる中で、「過去を振り返るのではなく新たなスタートとして捉えたい」と、30周年を受け止める。
 同社の前身は、昭和56年に父・安雄さん(85歳)が興した福重電気工事店。身内を含めた4人経営の零細企業。「仕事がある時だけの下請け専門だけでは生き残れない」と、家族経営の仕事に危機感を覚えていた。「け死ん限い(死ぬ覚悟)の根性」でと自らを奮い立たせ、仕事をこなしながら首っ引きで専門書とにらめっこの毎日。自宅のいたるところに問題集のポイントや計算様式などを張り出して猛勉強した。電気工事士の資格は、短期間にもかかわらず一発で取得。
 会社の経営理念は「事業を通じて地域社会に貢献すること」。社員の資格取得に力を入れ、営業強化も図ったが順風満帆とは行かないのが経営の難しさ。九州新幹線の工事が始まる前は、仕事の受注がない氷河期時代。県外に仕事を求め、埼玉や北九州市などへ長期出張する出稼ぎ≠ナ急場をしのいだこともある。「専門工事業者は技術が命。有資格者がいなければ企業の発展はないし、生き残れない」との思いは変わらず、今でも資格取得には人一倍力を入れる。技術力と営業(信頼)の確立で、経営を安定軌道に乗せ、現在の有資格件数は全社で165件に及ぶ。

 できないことにチャレンジするのが人生。だからこそ生きた証しをつくりたい―。こんな思いで会社を舵取りし、エネルギーの多様化が進む中、原発をベースロード電源と位置付ける。太陽光や風力発電などの再生可能エネルギー事業にも積極的に取り組み、電気の街・薩摩川内市を技術面から支えている。目指すは21世紀型共働付加価値創造企業。外線・内線工事だけでなく、CCTV、高圧架線工事、光ケーブル、受変電設備など高レベルの引き出しを多く持つことも大事と強調する。
工事現場1 平成18年には佐賀市で開催された「九州・電気エネルギーを考える会」(全九州電気工事業協会主催)で県代表として講演。「地球環境と原子力」をテーマに、バランスのとれた電源開発が必要と訴えた。また、川薩電気工事業協同組合の活動では、24時間体制のコールセンター当番制を発足。街の電気ドクターとして、地域の活性化も忘れない。
 時代の変化にも柔軟に対応する。太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーにも力を入れ、別会社で太陽光専門のサンパワーを設立。柳山ウインドファーム事業にも参画している。専門業者として独自に風の解析データ活用≠行うなど、安心、安定、地産地消のエネルギーづくりにも目を向ける。義父が綴った手紙には、こうしたためられている。「人生は永く学びの場多し 黄昏に至るまで習いは怠るべからず 生業(なりわい)に惑わされ無為に過ごすは空袋の立たざるに似たり」。この言葉を胸に刻み、きょうも仕事に励む。