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岩ア 健太 氏

蓄積した技術とノウハウを強みに
さらなる飛躍へ

社員一丸となり勇往邁進

大和電機(株) 代表取締役

岩ア 健太 氏

IWASAKI KENTA

PROFILE

 国分高校、九州電気専門学校電気工学科を卒業後、電気工事業の会社で修業後、大和電機に入社。社員、常務取締役を経て一昨年から代表取締役に就任。社員35人、グループ企業90人を引っ張る。趣味は「目下のところ仕事かな?」と苦笑い。好きな言葉は、昔の人を大切に思う気持ちを込めて「温故知新」。全社挙げてメリハリを付けた働き方改革に取り組む。家族は夫人と子どもの4人暮らしで、二児のパパとして奮闘中。本社は霧島市国分下井2297−10。霧島市出身の33歳。

所在地

 創業以来、常に社員や取引先など人を思いやる心を経営の軸にしている大和電機グループ。一時期経営の危機に見舞われるが、まさに再生可能エネルギーのように再建を果たした同社。主力の電気工事業をベースに、脚光を浴びている太陽光発電システムを軸としたビジネス展開で時代の潮流に乗り、さらなる飛躍を図る。二代目として経営を任せられた若きリーダーは「慎重だが驕らず堅実な思いやり経営」で会社を引っ張る。

岩ア社長 同社は1971年、現会長で父親の岩ア一美氏が電気工事業として個人創業した。きっかけは、鹿児島工業高校電気科時代にしていたアルバイト。「面白くて興味がわいた。一生サラリーマンで終わるよりは、自分で起業したい」との思いが強くなり始めていた。一旦は県外企業に就職するが、父親が交通事故で亡くなり、神奈川から帰郷したのを機に弟と仲間数人で会社を立ち上げた。1978年に鹿工メンテナンス鰍ニして法人化、1987年に現在の社名に名称変更、現在に至る。
 売り上げを順調に伸ばしたものの経営の危機に見舞われ、「取引先などにこれ以上迷惑は掛けられない」と夢中で働き、永年かけて債務を完済した。一時期「この仕事には二度と関わりたくない」との思いも強かったが「自分の天職はこれしかない。負けてたまるか」と、歯を食いしばり「昼夜を分かたず働いた。なんとかして返さんといかんとの使命感でいっぱいだった」と、一美会長は当時を振り返る。
 二代目の健太さんが代表権の社長を継承してから2年3カ月。前年開かれた会社の経営方針発表会の席で一美会長が「息子(当時常務)に社長職を譲る」と発表、突然のことに本人も驚いた。会長は、自分が65歳になったら社長を交代する腹づもりだったらしく、「息子には若い頃から遠回りさせてしまった。同業者が経営する会社に就職させたが体調を崩したのを機に自分の会社に呼び戻した。親子で意見が食い違い、反発し合う時期もあったが、ある時経営コンサルタントが実施した一泊二日の体験セミナーに親子で参加。その時講師から『ご子息は泣きっぱなしの二日間だった』と聞かされ、そのセミナーの流れで、跡を継がせる決断をした、と語る。
 「自分が創業したのも23歳。それを考えればそんなに早くはない」と、一美会長。会社で一般社員として入社させ、結婚を経て常務取締役に就任、そして社長へ。「経営者としていい感性を持っている。社長になってから一人の男として大きく成長した。私のよいところと合わせれば、問題は無い。若い感覚を大切にして、これまでの苦難をバネに成長してくれることを望んでいる」と、熱いエールを送る。
 これに対して健太社長は「突然の社長継承には正直驚いた。同時に責任の大きさも感じている。先代と多くの先輩方が築いた企業風土と基盤の上に社員が活躍できる大きなステージを展開して行きたい」と決意を語る。

社屋とソーラーパネル 大和電機グループは、電気サービスの事業を一貫して展開、2005年に電気工事業から省エネ機器、太陽光発電システム販売・施工に領域を拡げ、メガソーラー、電力小売完全自由化に合わせた小売電力事業をしっかり安定軌道に乗せることを使命としている。「創業以来、育んできた『人を大切にする思い』を継続することが会社・グループの軸であり、今後も創り出す電気サービスとクリーンエネルギーで環境にやさしい企業を目指したい」と、地域、企業、顧客に感謝の念を込める。
 ちなみに、同社の太陽光発電の施工実績は一般家庭用で累計1万5000kw、メガソーラー発電所で11万5000kw。今後の事業展開では、太陽光発電事業が縮小傾向に向かうとの予測もあり「一件、一件丁寧に確実に―のスピリットを大切に電気のプロとして人にも環境にもやさしい企業理念を貫き通したい」と、メンテナンス強化と顧客第一主義を唱え、着実な前進を図る。さらに若い経営者らしく、ますます本格化する情報化社会への対応策では、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、ビッグデータを視野に入れたモバイル事業(昨年から参入)、新電力事業にも力を入れる。先の先を見据える目は輝いている。
 社長に就任しての思いは「社員と、その家族の幸せ。そのためにも一つひとつの事業を太くしっかり育てて、経営を安定維持させること。会社全体の働き方改革にも取り組みたい。これまで蓄積してきた技術、ノウハウは何にも変えがたい財産。有効活用しながら飛躍を図りたい。とにかくチャレンジャーとして日々着実に前進する企業が目標」と仕事への情熱を燃やす。