鹿児島建設新聞

三和建設 前田晋吾

Profile

鹿児島高校−東亜大学工学部土木工学科を卒業。安藤建設に5年勤務、家業を継承するためUターン。専務を経て8年前に社長に就任。好きな言葉は「決して努力は自分を裏切らない」。家族は、夫人とバスケットに熱中する息子の3人暮らし。趣味は、月に2、3回のペースでラウンドするゴルフ、ダイビング、スノーボード。 資格は、一級土木施工管理技士などを取得。県建築協会理事。リフォーム事業など需要開拓にも積極的。会社所在地は鹿児島市吉野町3216−154。同市出身の39歳。

施工現場1

こだわりを持って財産を形に変える一般住宅、快適・利便性が求められる医療・公共施設、さまざまなニーズに対応したオフィス・店舗など公共、民間からリフォームまで幅広い実績を誇る。そこにはモノづくりを通して、記憶を塗り替えるという誇りを貫く経営理念が息づく。中堅ゼネコンで高速道路の基礎となる土工事に携わった時の土木技術者としての感動を情熱に変えて経営に取り組む。

父親が築いてきた基盤の上に業界のために貢献できる人材育成をベースとする二代目の熱い信念が感じられる。

同社は、地元の建設会社で修業した父の正人さん(75歳)が36歳の時に創業した総合建築業。正人さんが叙勲を受章したのを機に8年前に県建築協会の会長に就任、二代目の晋吾さんに経営が引き継がれた。

「父が創業した年齢と同じ36歳ぐらいには社長に就任できるもの、と自分で勝手に決めていた。それから遅れること3年、39歳で二代目に就任。譲るのには、やはりそれなりの覚悟が必要だったのでしょうね」と、当時の父の気持ちを代弁する。

取締役、専務を経ての就任だったが「やはり№1と№2は違う。日々、重みを実感している。引き継いでから父は一切、経営のことには口を挟まなくなりましたが、資金繰りについては、一、二年は譲ってくれませんでした。やはり、一番苦労する部分ですから」と、親心への感謝も忘れない。

継承時に引き継いだ仕事訓は「嘘をつくな。そして常に誠実に、謙虚であれ」。父の言葉を胸に社長のポストに就いたが、いざやってみると大変。「創業時は公共・民間とも好調な時期で業界は順調。しかし、今は人手不足など課題も多く、常に努力と工夫が求められる。スムーズにバトンタッチできたのは、安定した経営基盤を築いてくれた父のおかげ。経済情勢や市場ニーズを分析しながらさらに確実に前進」と前を向く。

今の仕事に本気で向き合うことを考えたのは、大学を卒業して中堅ゼネコンの安藤建設に就職した時。高速道路の建設現場を担当、基礎の土工事に携わり、モノづくりに感動したことで家業を継ぐことを強く意識するようになった。

社長業を継承して、最初に突き当たった壁は、社員の動かし方。指示を出しても社長以下右にならえで、なかなかうまく行かず、コスト意識を踏まえての備品管理、実行予算の作成と、試行錯誤が続いた。必死で仕事と向き合い、人をうまく動かすために的確な人事を行い、部門長のポストを設けることで業務がスムーズに回るようになり、仕事が軌道に乗った。

施工現場2

さらに課題となったのが人材育成。折角採用した社員がすぐに辞めてしまい、なかなか定着しないと言う苦い経験から定期的に新卒を採用、自社で現場を経験させ、資格取得(試験前の2ヵ月は特訓)と同時に一人前にしっかり育てる体制を構築した。個人差はあるものの約3年かけて、起工式から完成まで一連の工程を任せ、作業の流れを理解させることで、自信が生まれ、一人前の建築施工管理者が育った。プロジェクトチームとして取り組むことで「会社だけでなく、地元業界に残る人材育成」という大きな目標を掲げ、やり抜く責任と自信を持たせることで、億単位の現場を任せられる社員が育ってきた。同時に社員のやる気にもつながり、社員が社員を育てる好循環も生まれている。

若い頃、自分がそうだったように、協力業者と一緒になってモノを造り上げる喜び、感動と同時に若手にもチャレンジのチャンスを与えることを企業の使命感にしている。

人手不足は深刻だが、自然と人材が集まるようになり、業績も比較的順調に推移。正人会長の申し送りでもあった「嘘をつくな。誠実に謙虚であれ」の仕事訓が今に生きる。

歴史、地図など「記憶を塗り替える仕事」をモットーに、現場、人を大切にしながら歴史の一ページを刻み続ける二代目は、ポジティブに前を向く。

更新日:2016年10月

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