(株)野添組
代表取締役
野添 正文 氏
NOZOE MASAFUMI
野添 正文 氏
PROFILE
 鶴丸高校―駒沢大学文学部史学科に進むが一年で中退。アメリカに留学、カリフォルニア州サンタモニカにある私立ペッパーダイン大学の理学部数学科を卒業後帰国。アメリカでは、さまざまな国の人と出会いグローバルな視点で視野を広げ、人脈を築いた。帰国後は、参議院議員の井上吉夫事務所で秘書を経験するなど異色の経歴の持ち主。41歳で家業の野添組社長に就任。趣味は、読書、釣り、甘味処めぐり。好きな言葉は「人間万事塞翁が馬」。家族は、夫人と一男二女の5人。会社所在地は、鹿児島市東桜島町24−1。同市出身の59歳。
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防災・減災のプロとして修士論文

週1ペースで大阪に3年通い、まとめる

施工現場1 災害時の建設業の果たす責務と役割は、共同体としての地力(じりき)と、打たれ強いレジリエンス(強靭性)にある―と、危機管理体制の問題点を突いた修士論文をまとめ、今業界の注目を集めている。家業の土木会社を継承する三代目は「いたるところで挫折・脱線を繰り返した人生」と振り返るが、グローバルな視点を身につけており、防災・減災のプロとして真摯に業界を見つめる目は、的確で鋭い。
 「鹿児島は変われる、ここから変えられる」と語り、使命感や達成感、充実感にあふれ、次世代につながる業界の担い手づくりを戦略に掲げる。そのためには「変革がキーワード」と強調する。

 同社は、祖父の武義さんが昭和10年に創業した老舗。桜島を抱える地域の特性等もあり、地域のインフラ整備を担う企業として、砕石・砂利販売業からスタート。その後、章雄(のりお)さん(平成10年に70歳で他界)が継承、防災の土木事業を中心とする経営基盤を築いた。
現場パトロール 会社の敷地内にある章雄さんを偲ぶ石碑には生涯尊敬し続けた、弁護士和田久さんの揮毫による、「愚直と朴訥は巧緻と令色に優る」の碑文が刻まれている。口少なく媚びへつらうことなく、ひたむきに生きた職人気質の経営者像が浮かぶ。
 同社の仕事訓は「少しずつ少しずつ、それが大きい」(仕事は積み重ねが重要)で、コツコツ地道な努力を求める姿勢を貫き通している。その仕事訓と経営理念は正文社長に引き継がれ、社員のやる気を引き出しながら夢のある業界へ突き進む技術者魂と企業像に反映されている。

 今年4月、県建設業協会鹿児島支部長に就任したこともあり、防災・減災のプロとして業界を引っ張る。アメリカの大学卒業後、関西大学大学院社会安全研究科の修士課程に進み、週一回ペースで大阪に3年間通い、今年3月65ページからなる修士論文をまとめた。テーマは「災害時の建設業の果たす責務とその危機管理体制の問題点」。建設業の責務、生業と仕事の定義、危機管理体制の枠つくりの功罪など七章で構成されている。
 その中で野添社長は、建設業者が公共工事に携わる上で求められる社会的責務や、行政が危機管理体制を構築する際に見られる多くの弊害を紹介。「建設業者側は工事をすることで、災害復旧などの社会的責務を果たす一方、工事完成に伴う対価によって生活の糧を得ている。社会的要求と経済的要求という二つの側面を持つ建設業の生業(なりわい)問題は大きい」と指摘する。
施工現場2 危機管理体制づくりでは、各行政の枠つくり(縦割り行政)が大きな問題だとし、解決策として@災害時に於ける工事発注での調整の促進A新たな独立した防災統括行政機関の設立B復旧工事を快適に心配なく履行するための補償制度の確立―の3点を挙げる。これに加え、建設業者の迅速・効率的な復旧作業遂行のためには共同体で培われてきた地力とレジリエンスの活用が大事なカギになると強調する。
 多くの問題が山積する中で、防災・減災のプロとして、建設業者の立ち位置の厳しさを受け入れつつ、業界としてはどう進むべきか、どうすれば展望が開けるかを示唆している。「面白みもあり、含蓄のある論文」と、業界関係者から早くも注目されている。
 指導に当たった関西大学の河田惠昭氏は「建設業界外部には決して知られることのない問題点を鋭く指摘しており、興味深く、面白く今までにない論文」と、評価する。

 業界の課題は、担い手の育成。「そのためには古い殻、体質からの脱皮が求められる。たまには時計の針を左回りにして見る発想の転換も必要」と強調する。