(株)頴娃コンクリート工業
工場長
今村 健太郎 氏
IMAMURA KENTAROU
今村 健太郎 氏
PROFILE
 加世田高校を経て龍谷大学経営学部経営学科を卒業。卒業後、大阪のマンション管理会社に約3年勤務したあと帰郷、縁があって同社に入社。生コンプラントの品質調査用コンクリート供試体の圧縮強度などを調べる試験室勤務を経て平成24年に工場長に就任。コンクリート主任技士。鹿児島県生コンクリート協同組合監事。趣味はゴルフ。好きな言葉は、先輩が築いた礎の上にあることが実感できる「温故知新」。一昨年結婚して、1歳の女の子にも恵まれた。南九州市知覧町郡の出身。32歳。
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基礎造りに関わる仕事を理念に掲げて

日々、品質第一、車両の安全運転を実践

 入社6年目。「常に自分は新米。だから朝早く出社して玄関清掃から」を日課にしている。「生コン事業は、建築、橋梁など構造物の基礎に関わる仕事だから基本が大切。毎日、先輩方の指導をいただきながら、品質第一、安全運転を心掛けています」と、礼儀正しい言葉で語る。会社の経営理念も品質第一、全員参加の経営、地域貢献―と、基本を大切にする業態らしく実にシンプル。若きリーダーとして会社を引っ張る青年工場長は元気だ。

 同社は、南薩の老舗企業・堀之内建設の子会社。堀之内建設の清二会長が「社会基盤にはなくてはならない業態」として、創業した。あと4年で半世紀を迎える。工場長としては歴代四代目。「右も左も分からない身にとって、工場長の肩書きは重い。毎日が勉強で、一番若い新入社員の気持ちを持ち続けて仕事と向き合っています。先輩たちのアドバイスを素直に聞いて日々着実に成長できる自分と向き合い、緊張感を持って常に新鮮な気持ちで仕事に励み、充実しています」と、気を引き締める。
 市場は南薩縦貫道などの大型公共工事が一段落、需要はやや低迷気味で推移、今後の新規公共工事発注など市場動向が気になるところ。公共工事が7割を占める同社にとって、どうやって仕事を確保し、生コンの出荷量を安定して出荷できるかが大きな課題。「今は民間需要やソーラー事業の基礎など、小さな物件を大切に拾い込むことで需要を安定させること」と、当面の需要を分析・検証する。

プラント外観 その一方で「市場が悪い時こそ生コンの品質管理対策、運転手の交通安全対策・指導、プラントの安全操業など、万全な体制を整えるべき」と、経営の基本を重視する方向性を見据える。
 生コンの搬送作業については「まさに生コンは言葉通りなまもの=B荷おろしから型枠に流し込むまで90分と規定されており、質のよい生コンを一番条件のよい状態で現場打設するには緻密なタイムスケジュールが必要で、現場によっては一日何往復もしなければならず、工程的には結構ハードな管理を要求される。運転手や現場とこまめに連絡を取りながらの作業が必要。小さな事故が信頼を大きく損なうこともある。朝礼で交通安全に対する意識を確認し、運転手の体調をチェックするなど細心の注意が欠かせない」と安全第一を重視する。
 特に生コンの搬送作業は、プラントからの受け出しに始まり最後の打ち込みと、早朝から打設終了後の洗車作業まで体力勝負を求められる。
 「気の緩みが事故につながる。生コンの打設現場は、車体ぎりぎりの林道などもあり、ちょっとした油断が大事故を招きかねない。道幅の狭い場所で横転事故を起こしかかったこともあり、今後の教訓として生かしたい。常日頃の確認作業、運転手の体調チェックなど基本動作を繰り返すことで防げる。一にも二にも基本の徹底確認」と、事故防止に細心の注意を求める。

 生コン業界は、量の配分から利益の配分へと、仕組みをシフトさせる傾向もあり、より一層のミキサー車の効率のよい稼動と、質のよい生コンの供給が求められる中で、今一度経営理念を見据え、地域・社会貢献なども考え、バランスの取れた経営に舵を切る。
 同社は、日本工業規格認証工場で、対象規格はJISA5308レディーミクストコンクリート。操業開始は昭和45年6月。認証区分は普通コンクリート。プラントの高さは約23m、ヤードの広さは1500m²。すべてコンピューター管理されている。型式容量は、傾胴式1.5m³が2基。公称能力は1時間70m³。取引メーカーは、トクヤマ、日鉄住金高炉セメント。材料置場は砂、骨材など全部で6面があり、材料の収容能力は3500m³。最大生コン製造能力は一日600m³。ミキサー車は大型8台、小型1台を保有している。社員は11人。
 心臓部のプラントは、計量ビン、受材ビンの二つで構成されており、摩耗して薄くなると重みも加わってズレ落ちるなどの危険性もある。国内ではプラント内への墜落事故なども発生しており、定期点検は欠かせない。「日々点検」と、工場長は力を込める。

 仕事以外では、地元の建築士、大工さんなど約20人で組織する「知覧建士会」に所属、公民館などに手づくりのベンチを寄贈する活動を続けている。